《エッセイ》遊んで暮らす人生を邪魔していた『罪悪感』の正体


遊んで暮らす
ノアちゃん

皆さん、こんにちは
遊んで暮らすノアちゃんです❗

今日は私がずっと握りしめていた
『罪悪感』について書いてみたよ✐
  
今日のお話は遊んで暮らすとは
だいぶかけ離れた
重めのお話になっています👍

ずっと感じ続けていた罪悪感の正体にせまる

     
自分の一番やりたい事
本当に望む生き方は何だろうと
ここ2年くらいずっと
模索もさくし続けてきて
   
   
『私は遊んで暮らしたいんだ❗』
『もっと自分を表現して
    自由に生きたい❗』

   
   
そう思っていることに
気づいたお話は
別の記事にも書いているんだけど👇
    
※参考記事

      
もっと自分を表現して
仕事も、子育ても、生きることも
全部、遊びに変えるぞ❗と
決めたのはいいものの・・・
    
         
実は、
なかなか行動に移すことが
できませんでした。
  
  
私はこれまでの人生で
心のこととか
見えない世界のことを
学んだり教えてきているので
    
  
自分がやりたい事を
行動に移せないときや
現実に変化を起こせないときは
  
  
必ず、やりたい事に対して
それに相反あいはんする
『内なる葛藤かっとう
握りしめていることは
分かっていました。
   
   
葛藤とは、言い換えれば
『正しさ』『ルール』
ことです。
    

かっ‐とう【葛藤】 の解説
[名](スル)《葛 (かずら) や藤 (ふじ) のこと。枝がもつれ絡むところから》
1 人と人が互いに譲らず対立し、いがみ合うこと。「親子の―」

2 心の中に相反する動機・欲求・感情などが存在し、そのいずれをとるか迷うこと。「義理と人情とのあいだで―する」

3 仏語。正道を妨げる煩悩のたとえ。禅宗では、文字言語にとらわれた説明、意味の解きがたい語句や公案、あるいは問答・工夫などの意にも用いる。

 Goo辞書より

  
私が新しい人生を歩みだすのを
邪魔している葛藤(正しさ)は
一体何だろうか

 

     
自分の握りしめている葛藤
新しい人生を始めるのを
邪魔している”正しさ”は何か
   
    
やりたい事があるのに
なぜか行動にうつせない
その理由を知るために
葛藤に焦点をあてて
自分を観察してみたのです。
  
   
そしてそこで気づいたのは
自分が自由に生きることに対して
ものすごく大きな罪悪感
抱いているという事でした。
   

   
なぜ私は
自由に生きることに対して
やりたい事をする対して

こんなにも罪悪感や怖さを
感じでいるのだろうか
❓』

   

    
私はさらに、自分の心の奥底を
観察し続けました。
そうして分かり始めた
罪悪感の正体。。。
     
   
それは、
私と父親との関係の中で
生まれた罪悪感だと
気づいたのです。
    
   
《⚠閲覧注意⚠》
今日の内容は
『死』に関連する内容があり
少し重たい内容になっています。
もし読んでいて気分が悪くなったり
嫌な感じがしたらすぐにページを
閉じることをオススメします❗❗
               

父親の死をきっかけに生まれた、生きることに対しての罪悪感

       
私の父は、私が19歳の時に
亡くなっています。
自死でした。
   
  
突然の出来事で
私も家族もそれはそれはショックで
突然、悲しみの海の中に
放り投げられた気分でした。
   
   
その時、私はまだ19歳で
自分の人生に突然現れた
愛する人とのお別れ。
   
  
そして、
その出来事によって生まれた
大きな悲しみと喪失感に
どう向き合ったらいいのか
知るよしもありませんでした。
   
  
ある日突然、
大切な家族を失った私が
その時にとったさくは・・・
   

   
自分の感情に蓋をする。
何事もなかったかのように
無になって生きる

 

だったのです。
まわりに頼れる大人や
悲しみやつらさを
共有できる人がいれば
まだよかったですが
  
  
うちの家庭は元々、
常に殺伐さつばつとした雰囲気が流れていて
父親と母親の夫婦仲もよくなくて
   
   
私も子供ながらに
心がやさぐれていて
『自分のことを理解してくれる人
 なんて誰もいない』
『こんな人たち(家族のこと)

 大っきらいだ!!!』
と思っていたので😑😑😑
  
  
自分が悲しんでいることや
喪失感を抱えていることに
余計に気づかれたくなくて
その時は心を閉ざすことが
自分にとっての精一杯でした。
   
  
そして、
自分の感情に蓋をしたまま
大人になった私でしたが
  
  
幸運なことに
自分の心や目に見えない世界に
興味を持ち始めるきっかけが
20代前半に訪れて
   
    
それから長い時間をかけて
心のことを学んだり
傷ついた心を癒やしたり
父の死を向き合ってきました。
  
   
そうしてなんとか今まで
生き延びてきた私です。
      
     
父親のことは
もう過去の出来事。
起きてしまった
仕方が無いこととして
   
   
徐々にですが
ネガティブに考えるのをやめて
そこから様々なことを学んで
出来事そのものを
受け入れられるようになりました。
     
    
もちろん、今でも思い出せば
悲しいと思うこともありますが
   
  
自分が悲しいと思うことも
そう感じることも
ちゃんと許してフラットに
受けいれられるようになりました。
    
   
だから自分の中では
父親の死に関することは
もう解決済だと
思いこんでいたのです。
     

 
ですが!!!
😑😑😑

今回、自分の新たな人生の
スタートを切るにあたって
やりたい事が分かっているのに
どうしても前に踏み出せなくて
   
  
その理由を探っていった時に     
まだ“父親の死”への
ネガティブな想いが
残っている事に気が付きました。
      
  
あんなにも自分と向き合って
自分を癒やして
もう大丈夫だと思っていたのに
この葛藤はなかなかしぶとい😂
  
      
私の中に残っていたのは
とても頑固で強力な葛藤であり
罪悪感でした。
     

幸せな日常が一転、地獄の日々に突入する

     
ここからは少し
私の過去を回顧かいこしてみます。
   
    
父親が亡くなった19歳のとき
私は大学生になったばかりで
はなの大学生活を謳歌おうかしている
真っ最中でした。
  
  
高校生までは
厳しい校則がある高校に通っていて
さらに母親もとても厳しくて
遊びに行くにも門限があったり
友達の家へのお泊まりなんかも
ダメだったりして
   
   
それはそれは
とても窮屈な人生を
生きていました。
生きるしかばねだった私です💀
(高校時代の写真は顔が病みすぎてて
すべての写真を燃やして捨てましたw)
   
  
それが一転、
大学生になったら
母親も何も言わなくてなって
門限も校則も無くなり
自由な生活が始まりました。
   
   
大学で気の合う友達もできて
サークルにも入って
飲み会にも行きまくって
チヤホヤされてwww
     
     
毎日学校に行くことも
友達と遊ぶことも
大学生活が楽しすぎて
嫌なことなんて1つもなくて
    
     
“水を得た魚”みたいな感じで🐟
毎日人生を満喫していたのです🌸🏫
    
   
たいていの場合、
10代や20代の初めの頃は  
家族なんてどうでもよくなって
友達や彼氏や学校が
自分の生活の中心になる年齢だと
思いますが
   
   
その時の私も例外なく
家族の事なんかどうでもよくて
(なんならあまり関わりたくなくて)
     
     
先のことなんて何も考えずに
ただただ毎日友達と一緒に
くだらないことを楽しんで
頭からっぽで
笑って生きてたわけです。
     
     
そんな中で突然起きた
父親の死。
    
  
それが相当なトラウマになり
そして私に大きな罪悪感を
抱かせるようになったのです。
     

【⚠罪悪感発動⚠】父親と交わした最後の言葉

  
父親が亡くなる
一週間くらい前のことです。
最後に父親と会話した内容を
今でも鮮明せんめいに覚えています。
  
  
先程も書いたように
私はその頃、大学生活を
思いっきり満喫していて
     
   
父親が(同時に母親も)
悩んでいること
困っていることも
多少気づいていた部分も
無くはないですが
   
    
さほど気にすることもなく
『なんか、大変そうだなぁ』と
思う程度でした。
      
      
逆に心配するどころか、
私には父親への”遅めの反抗期”
がやってきていた時期で
ちょっと父親を避けていたり
無視している様子さえありました。
  

なんか、ウザい。』   

そんな感じで
ほとんど父親と会話する機会もなく
過ごす毎日でした。
   
   
父親が亡くなる数日前に
父に話しかけられたことがありました。
話しかけられた内容は
もう忘れてしまいましたが
私がその時どう対応したかと言うと
   
    
『無視』したんですね。
    
  
はい。
だって反抗期でしたから・・・
そして父親が私の態度を見て
こう言いました。
   
     
『もう、ノアは
口も聞いてくれないくらいに
お父さんのことが嫌いなんだね

分かったよ』
     
    
父はそう言いました。
私はその言葉も無視しました。
そんな事を言う父が余計に
鬱陶うっとおしかったんです。
それが父親と最後に交わす
言葉になるとも知らずに。
    
   
それからしばらくして
父親が亡くなりました。
 
   
父親が亡くなったことを
最初に聞いたときに
私はとっさにこう思いました。
   

    
私がお父さんを殺したんだ
私のせいで死んだんだ

私が無視したから死んじゃった
私のせいだ、ぜんぶ私のせいだ

    

今になって冷静に考えれば、
私が父が死ぬ前にとった態度が
直接の父の死の原因になんて
なるはずがありません。
(ここでは明記しませんが
父が死を選んだのには
別に明確な理由がありました) 
   
   
でも19歳だったその頃の私は、
もう何がなんだか
わけが分からなくて。
その結果、父の死の責任を
勝手に自分で背負ってしまったんです。
  
  
父の死が私には
何よりも辛すぎる出来事でした。
そして、その後何十年にも渡って
私を苦しめる強力なトラウマに
なったのです。
    

『父親の死の犠牲にはならない』と決めた日

    
今、思い返すと
父が亡くなってからの私は
何をしていてもどこにいても
楽しいことをしても
心の根底では
こんな風に感じていました。
    
     
『私が幸せになっていいんだろうか』
『父親を苦しめて傷つけて
 死に追いやった自分なのに』
『私なんて消えた方がいいんじゃないか』
『私なんかが愛されてはいけない』
『私なんかの人生が
 うまくいってはいけない』
『やっぱり私が死ねば
 よかったのかもしれない』
   
     
そんな風に
ずっと自分のことを否定して
罪悪感や自己否定に
さいなまれていました。
   
    
私が自分の好きなことを
仕事にしてから
読者やファンが増えて
どれだけ感謝されて褒められても
どこか自分に自信が持てなくて
     
   
気を抜くと罪悪感や喪失感
無価値感がおそってくるので
ずっと気を張ったまま
自分をふるい立たせて
なんとか自分を保ってきました。
   
   
自分が憎くて許せなくて
その怒りを他人にぶつけることで
感じないようにしていた時期も
ありました。
   
  
でも、ある時に
ふと思ったのです。
    
     
私はいつまでこんな生き方を
続けるんだろう
本当は私は自分を許したいし
自分を心底愛して生きたいのに
   
もう、いい加減に
父親の死の犠牲になるのは
やめたい!
もうやめよう!!!

   
  
幸運なことに
私は心のことや
目に見えない世界のことを
ずっと学んできていたので
     
    
自分でも、
自分の心が何にとらわれているのか
自分を苦しめる葛藤は何か
はっきりと気づいていました。
そして、それを手放す方法も
理解していました。
       
     
長い間、自分と向き合い続けて
その結果『父親の死』の犠牲から
自分を解放することが
できるようになったのです。
   
   
それからは
生きることそのものが
だいぶ楽になって
罪悪感で悩むことなく
生きれるようになった私でしたが
  
  
今年に入って
『遊んで暮らす』というテーマで
このブログを書こうと決めたときに
過去に完全に手放したと思っていた
葛藤や罪悪感がムクムクと
顔を出してきたのです。
    
   
そう、まだ心の奥底には
葛藤が残っていたのです❗❗
この葛藤、本当にしぶとい❗❗
       

『遊んで暮らしたらまた大切な人を失ってしまう』という葛藤

          
最後の最後まで
握りしめていた葛藤が
どういう形で現れたかというと
『私と子供たちの関係』を通じて
現れたのです。
   
    
実は以前から
自分が本当にやりたい事に
取り組もうとすると
必ずと言っていほど頭に現れる
ある『ネガティブなイメージ』
があったんです。
   
   
そのネガティブなイメージは
どんなものかと言いますと
『自分の子供たちが危険な目に合う』
そういうイメージがどしても
浮かんでしまっていたのです😓
   
   
例えば、
子供たちと海で遊んでいると
子供たちが波にさらわれて
溺れてしまう場面だったり


どこか高いところから
子供たちが落ちそうになって
焦っている場面だとか・・・
   
    
もう、怖すぎですよね。
今こうして
文字に起こしているだけでも
すごく嫌な感じがしてきます。
    
   
ただのイメージだとしても
そんな縁起でもないことを
見たくもないし
感じたくもないのに。。。
     
       
このネガティブなイメージが
ふとした瞬間に
よぎってしまうのは
子供が生まれた頃、
7、8年くらい前からなんです。
    
   
あまりにも気になったので
占い師や、いわゆる”見える人”に
相談したこともありますが
結局、曖昧あいまいな答えしか
得られませんでした。
     
   
なぜそんなイメージが
思い浮かんでしまうのか
長い間、理由が分からなかくて
ただただ怯えていましたが
   
   
今回、遊んで暮らすと
決めたことによってその理由が
はっきりと分かったのです。
  
     
前述した通り、
父親が亡くなった時、
私は、まだ学生で
遊び呆けていました。
    
     
毎日が楽しくて楽しくて
好きなことしかしなくていいし
すべてが自由で
すべてがうまくいっていました。
   
    
そんな中で起きた父の死。
そう、私は過去の自分
父が亡くなった時の自分と
今の自分を重ね合わせていのたです。
   
     
私が最後の最後まで
握りしめていた葛藤は
こんなものでした👇  
 


あの時のように
私がやりたい事をなんでもやって
遊びながら好きなことをして
自由に生きたら
  
また大切な家族を
失うんじゃないか?
大切な人を傷つけるんじゃないか?
 
きっとそうだ、そうに違いない
そうあるべきなんだ

私は、
こんなとんでもない
ネガティブな葛藤を
ずっと抱えて生きていたのです。      
  
    
冷静に考えれば、こんな事は
真実ではありません。
父が亡くなったのは
私が遊びまくって生きてたからでは
決してないのに。
     
     
私の過去に起きた父親の死が
強力なトラウマになっていて
そしてそのトラウマが
ネガティブな信念体系となって
私の人生に
ずっと影響を与えていました。
    
          
私がやりたい事をやろうとすると
私が一番恐れていること
“大切な家族を失うこと”が
強迫観念のように
頭にずっとチラついて
現れていたのです。
     
     
『こんな葛藤は真実ではないし
私が好きなことをしても
大切なものを失うわけじゃない
こんな葛藤はもう必要なない!!』

  
  
私は知っています。
私が好きなように自由に生きても
それ以上に大切なものや大切な人を
大切にしながら生きていける事を。
     
     
最後の最後まで、私を苦しめ
不自由にしていたこの葛藤を
自分と、とことん向き合うことで
ようやく手放すことができのたです。
(めでたしめでたし🌸)
      

私が生きているだけで、人生はすべて完璧

    
私が父親に死に対する
葛藤や罪悪感を
抱えて生きていた時は
いつも何かに
追い詰められているような
焦りを感じていました。

 
“私は悪い人間だから
なにかいい事をして
償わなければならない”
  
    
自分のことをそんな風に
思っていたのかもしれません。
 
  
でも罪悪感や葛藤を手放した
今の私は、もう自分の人生に
何の責任も義務も感じていません。
   
    
だからこそ、
『遊んで暮らしたい』
『好きなことだけして生きたい』
そんな風に強く思うのかもしれません。
   
   
今日、Twitter(X)で
宇多田ヒカルさんのこんな
ツイートを見かけました。

        
宇多田ヒカルさんも
お母様も自死で亡くされていて
そこから色々と学ぶんだとの事
だったのですが
   
   
その内容が
すごく共感できる内容で
これを読んで私も父親の死から
気づいたことや学んだことを
思い出しました。
   
    
人間が生きてること
生き続けることって
本当にすごい事だなと思う
   
   
こういう質問を
以前、見かけたことがあります。
     
       
あなたは自分が欲しいだけのお金
それも何十億、何百億でも好きなだけの
お金を無条件でもらうことができます。
    
でも、そのお金をもらう代わりに
あなたの命は明日で終わります。
それでもあなたは、

そのお金をもらいますか

   

   
どうですか❓
もしあなたがこの状況をせまられたら
自分の命を捧げてまでも
お金を手に入れますか❓
   
      
きっと、自分の命が引き換えなら
お金をもらうことはないですよね。
     
    
どれだけたくさんのお金があっても
自分の命がなくなったら
自分が生きていなかったら
そのお金は
なんの意味もないことになります。
   
   
そう、それほどまでに
あなたの命、そして
あなたが生きていることは
とうとくて、価値があることなんです。
    
    
私もその事を
父親の死を通して学びました。
  
 
だから今の私は
毎日、ただ生きているだけでも
自分の事をこんな風に思っています。
    
    
『命を宿して生きてる私ってすごい❗』
『今日も生きてる私は
  なんて素晴らしいんだろう❗』
『私が生きてるだけで

 私の人生はすべて完璧だ❗』
     
     
ただ生きているだけで
自分をこんなにも
褒めることができて
素晴らしいと思えるなんて
私も、私の人生も
なんてチョロいんだろうと
思います(笑)😂😂😂
     
  
今私は、生きることも
日常で感じるすべての事が
愛おしいし、楽しいです。
毎日、天国にいるような気分で
遊んで生きています🌺
     
    
父親の死で苦しんでいた時期が
嘘のように、今は幸せだし
とても気楽に生きています。
    
      
そして今の自分が大好きだし
辛かったことも幸せなことも含めて
この人生で
本当によかったと思えています
   
    
まだまだ私の幸せな人生、
遊びまくって暮らす人生は
始まったばかりです。
   
   
今まで苦しんできた分
もっともっと遊んで楽しんで
自由に生きると今はしっかりと
心に決めています✨
  
   
では、これで
今日のブログはおしまいです。
   
  
私の人生の暗い過去の話を
聞いてくれて
ありがとうございました
またね👋
    
ノア